「 観 る 」 と は
山 口 ゼ ミ の研究 テ ー マについて
◆何のためのゼミか?
「観る」ということは、じつに難しい――たとえ自分では「観ている」つもりでも、じつは「観えていない」ことが、多々あります。
たとえば獨協大学のキャンパスには、いくつの門があるでしょうか。そのうち何か所に門衛さんが常駐していて、制服のベルトは何色でしょうか。
バイト先の正面には、いくつの、どんなシールが貼ってあるでしょうか。
毎朝、鏡で見ているはずのわたしの耳は、どちらが長いでしょうか。
物理的には「見えて」いても、そこに「観る」という特有の意識が働き、対象を認識して、それを言語化する、という一連のプロセスを経なければ、「観る」ということは始まりも終わりもしません。
それは「見えている」けど「観えていない」状況、といえるかもしれません。
「観る」ことは、誰でも自然とできる行為ではありません。人間は歩くこと、食べること、話すこと、そして排泄することさえ、長い時間をかけて身に付ける生き物です。つまり「観る」ことの修得には、「観る」ということ自体を意識化して、さまざまな「観る」方法を知り、自らの「観る」方法を育てていく時期が必要と考えられます。そしてよりよく「観る」ためには、集中的かつ高度に「観る」ことそのものを研鑽していく努力と時間が求められるはずです。
そうした「観る」ということを修得する場の一つに山口ゼミはなりたい、と考えています。
このゼミでは、メディアとツーリズムが関係して生み出すさまざまな社会現象に着目し、その社会学的分析を通じて、「観る」ことそのものをクリティカルに考えます。その目的は、ゼミ生が在学中はもちろん、卒業後にも自ら育て続けることができるような、「観る」ための知力の基礎を築くことにあります。
そうして「観る」ことの探求者が一人でも多く増えていき、さまざまな「観る力」を実践する多様な人たちがさらに現れ、それまでは「観えなかった」ものごとが「観える」ようになるための活動や表現が社会に溢れていくとき、その社会は豊かだ、といえると考えています。
もっと豊かな社会を創り出し、さらにわれわれが自由に生きていくために、「観る」ということを真剣かつ知的に学ぶことを、山口ゼミは最終的な目標とします。
◆演習の目的:
「観る」を共に探究する (「演習の手引」の補足説明です)
上に述べたように、「観る」ということは、誰でも自然にできる行為ではありません。
たとえば担当者が研究しているグアムは、安くて手軽な海外リゾートとして知られ、年間100万人もの観光客が日本から訪れます。しかしその島がかつて「大宮島」という名の日本の領土だったこと、2万人もの日本人が命を落としたことは、あまり知られていません。沖縄からの米軍基地の移転をめぐり島内が二分されている現状も、明治期から移民した日系人の家族がいまも差別や偏見に悩む姿も、日本の観光客にはほとんど知られていません。彼らの大半は島の面積の1%に満たない小さな観光地区に滞在し、ビーチとショッピングを楽しんで帰国するからです。同じ一つの島なのに、そこで「観る」ものは、人によって異なります。
グアムには、「観る」ということを意識化させられる機会が多々あります。ゼミの説明会でもコンパクトにお話しますが、さらに興味を持たれた方は山口の著書『グアムと日本人』(岩波新書、2007年)に詳しく書いたので、図書館で借りるなどして読んでもらえると嬉しいです。
あるいは同じ映画でも、人が違えばそこに「観る」ものも異なります。ある人には忘れることができないほどの大切な名作が、他の人には無味乾燥な駄作に観えることもあります。
これらは単なる趣味や興味の違いによる、個人的な問題でしょうか。それとも「観る」ことを可能にする知識と技法(リテラシー)の違いに由来する、より社会的な問題でしょうか。
もちろん、山口は後者であると考えています。「観る」ということは、社会的に構築された特殊な行為です。おそらく誰も、客観的または個人的に「観る」ことはできない、と考えられます。
メディア研究でもツーリズム研究でも、「観る」ということは重要なテーマです。そして「観る」ということは自然には修得できない社会的な技法であり、とくに「よく観る」ためには高度な学修と集中的な鍛練が必要である、と考えられます。
そのうえで、ひとたび「観る」技法を身につければ、きっといろいろな「観えなかったもの」が観えてくるようになるはずです。そして「観る」技法を育て続けていければ、それだけ「観えるもの」が増え、自分の人生をより豊かにできるだけではなく、新しい「観る」技法を駆使して社会をより多様で面白いものに変えていくことができる、と考えます。
さらにいえば、「観る」ことに加えて「考える」ことも意識的に育てていく必要があります。そうして「観る」と「考える」を掛け算すると、「観」×「考」=「観考」という行為を構想することもできます。観光から観考へ――詳細は4月以降に開講するゼミで解説します。
こうした考え方に基づき、本演習は①「観る」ことをめぐる社会学の思考方法(社会学的想像力)を修得し、②卒業後の長い人生で各自が育て続けていく「持続可能な観る力」の基盤を確立することを目的とします。その具体的内容として、③担当者が専門とするメディア研究とツーリズム研究の知識と技法を下記のプログラムを通じて学び、④「推敲」を重視したグループ研究および卒業論文の執筆、そして反転授業型の文献輪読に取り組むことを試みます。
このゼミは社会学の想像力をベースとして、メディアとツーリズムの関係をネタに、「観る」ことを共に探究するゼミです。具体的なゼミの内容は、説明会や次のページを参照してください。