推敲と卒論

ゼミ生作品 (C) Y. takagi 『trans × views  journal』(2024年9月撮影)より
ゼミ生作品 (C) Y. takagi 『trans × views journal』(2024年9月撮影)より

◆「推敲」重視のゼミ

 

 山口ゼミは、「推敲」を、とても、とても、とても、重視します。

 推敲の作業をうまく実践できれば、それは単に文章技法の習得に留まらず、自己を相対化して分析し、試行錯誤を重ねて伸び続けていく能力を身につけることができる、と考えています。そうして「推敲」を通して、自ら「観る」ことを自覚的に編み出してもらいたい、と考えています。


◆推敲とは

 

 推敲という語を辞書で調べると、以下の定義が載っています。

 

〔唐代の詩人賈島(かとう)が,「僧は推す月下の門」の「推(おす)」を「敲(たたく)」にしようかと迷って,韓愈の助言で「敲」にきめたという「唐詩紀事賈島」にある故事から〕 詩文を作るとき,最適の字句や表現を求めて考え練り上げること。 「 -を重ねる」 「原稿を-する」 (『大辞林』第三版)

 

 現在では詩文だけでなく、論文やレポートや記事、あるいは手紙や広告コピーなど、さまざまな文章を磨く(polish)ときにも、この推敲という語を使います。

 推敲の具体的な内容は、一度書いた文章を何度も読み直す、という単純な作業の繰り返しです。つまり「文章を何度も見直すこと」。じつにシンプルですが、重要な作業でもあります。たとえばその効用は、いろいろ考えられます。

 1)誤字・脱字や文法上の誤りなどを修正する。

 2)自分の言葉遣いのクセや語彙の少なさを実感し、改善するきっかけを得る。

 3)不要な部分を切り落として文意を鋭くしたり、逆に説明不足な部分を加筆して読みやすくすることで、思考力やプレゼンテーション力を高める。

 4)一つの文章を繰り返し読み込み、語句や表現を最適化していくことで、自分の思考を深めていくことができ、結果として「深い文章」ができあがる。

 

 この他にも推敲の効用はありますが、詳細はゼミで説明します。重要なのは「一気に完成文を書き上げようとする」よりも「まず話の流れを書き切ってしまい(第一稿)、それを何度も推敲して完成度を高める」ほうが、結果として良い文章を早く、巧みに書くこととができるし、推敲の作業中に「観る」力が養われる、ということです。

 

◆推敲のプロセス: 第一稿 ⇒ 第二稿 ⇒ 完成稿

 たとえば山口が原稿用紙50枚分の研究論文(学会誌の掲載論文や共著の一章の一般的な長さ)を書く場合、上記のように「話の流れ」を書いただけの第一稿を2~3日で書きます。これはひどい虫食いの文章なので、まだ誰にも見せられません。とにかく「話の流れ」と「引用・参照資料(証拠)」を置いてみる、ぐらいの下書きです。

 次に、PCの画面上で推敲を2~3回繰り返します(1回につき2~3日かかります)このとき加筆して修正することが多いため、文字数は2-3割ほど増えます。そして何とか第二稿(そのまま人に見せても理解してもらえるレベルの文章。ただし完成稿=提出稿ではない)を仕上げます。

 ここからが、本格的な推敲の始まりです。第二稿をプリントアウトして、赤ペンで修正していきます。だいたい10回ぐらいは、この赤ペン推敲を繰り返します。

 最初は1回につき2~3日かかり、文章を書き込む隙間が無いぐらい紙が真っ赤になりますが、最後には1時間ぐらいで1回の推敲ができるようになります・・・それでも修正し終えることはなく、満足できる水準に達する前に締切を過ぎて時間切れとなり、泣く泣く提出することが大半です。こうして完成稿=提出稿ができ、一つの文章を書き終えたことになります。

 

 推敲を重ねることで、自分が何を書きたかったのか、最も伝えたい発見や意見はどれか、それを伝えるためにはどんな表現にすればいいか、などを考えることになります。このプロセスこそが、ゼミの研究活動で一番大切にしてほしい、また卒業後にも継続して育て続けてほしい、学びの技法です。

 もちろん卒論だけではなく、短編記事・長編記事でも、推敲は極めて重要です。そして山口ゼミは「推敲のゼミ」でありたい、と考えています。


◆卒論の執筆スケジュール(予定)

 

 以下は、推敲を重視した卒論の執筆スケジュールです。山口ゼミでは卒論を提出するために、少なくとも1年間に複数回のゼミ発表を求めます。大変ですが、しかし卒論を書く上で同じゼミのメンバーから寄せられるコメントは、とても重要な糧になります。

 ただし以下の予定も、ゼミ生の希望や学習履歴そして就職活動の状況などにより、大幅に変更することがあります。

 

①卒論テーマの仮決定 (3年後期)

 卒論で取り組みたい研究テーマについてゼミ発表し、他のゼミ生と教員のコメントを得て再考します。ここで決定したテーマを卒業まで一貫して守り続けることが重要なのではなく、まず自分の研究テーマを自分で決定して、そのテーマが研究可能かどうかを調べて報告することが重要であり、いわば動機づけ(仮決定)のための発表です。(おそらく卒論テーマは、執筆中にどんどん成長していく(=変わっていく)のが普通です。)

 

②分析対象(ネタ)と分析枠組み(概念、理論、モデル)の発表 (3年後期)

 卒論で主に分析する対象(いわゆるネタ)と、それを分析するための道具(概念、理論、モデルなど)の案をゼミ発表し、ゼミ生と教員のコメントを得ます。前者が重要であり、社会学の論文は「ネタが勝負」みたいなところがあります。他方で後者は「ゴフマンのドラマトゥルギー論を参考に」とか「アーリのまなざしの議論を批判的に継承して」みたいに言えればいいのですが、もちろんそれは4年生の終わりのほうで言えれば十分なので、この段階では教員から「こんな本がある」「この理論を参考に出来ないか」などの提案を聞いて、後日に図書館で読んでみて検討してもらうことになると思います。

 そしてここから調査と分析と検証(最も面白く、最もつらい部分)がはじまります。

 

③先行研究のレビューと仮説の決定(3年後期)

 関連するテーマの先行研究をレビュー(読解・要約)して、自分の研究に活用できるポイントを見つけるとともに、自分の研究に独自の仮説(「問い」)を組み立てます。先行研究のレビューは時間がかかるので、この段階では「どんな先行研究が存在するか」「どんな分野をどれぐらい読み進める予定か」などの計画をゼミ発表してもらいます。

 なぜ仮説(「問い」)なるものが必要か、仮説をうまく立てた場合には何が起こるか、ゼミで説明します。

 

④前半部分の第一稿の提出(3年1月末)

 まず卒論の前半部分の第一稿を書いてみて、何が足りないのか、何が意外にすんなり書けるのか、などを考えます。足りないことが見えてくれば、何をすべきかが自ずとわかります。そして3年次の春休み=4年次の就職活動で忙しくなる前に、分析対象(ネタ)の調査をだいたい終えて、分析枠組み(分析道具)を明確化し、いずれ書く結論の原型を作ります。

 

⑤後半部分の第一稿の発表(4年5月ごろ)

 結論を含む卒論の本文(第一稿)をまず書き上げ、ゼミで議論します。同級生だけでなく後輩(新3年生)にも読んでもらい、さまざまなコメントをもらうことが目的です。できれば第二稿の水準(人に見せても、まあ理解してもらえるレベル)まで推敲を重ね、ゼミ発表の前週に全文または一部を配布します。

 ゼミでの議論を受けて、自分が書いていることを再考し、加筆修正を繰り返します。

 

⇒こうして4年次の夏休み(夏合宿)までに卒論の第二稿を書き上げることを、山口ゼミは目指します。

 これにより①4年次の夏休みに推敲を重ね、後期のゼミ発表(大学最後の発表)に向けて完成稿をつくる、②推敲の時間を3~4か月あまり確保し、推敲作業による思考訓練の時間を長くとる、③就職活動のスケジュールが大幅に変更しても対応できるように準備する、ことを試みます。


◆卒業論文のテーマ案

 

 山口ゼミは社会学のゼミであるため、社会学らしく「卒論のテーマは自由」とします。教員はメディア・ツーリズムを研究していますが、必ずしもそれに関連したテーマでなくても良いです。分析の方法だけはゼミで学ぶ独自の研究技法を活用してもらいたいのですが、分析の対象(つまりネタ)は何でもいいと思います。

 たとえば結婚式の歴史、雑誌an-anの(例の)特集の分析、箱根駅伝の「伝説化」の研究、「韓流」ブーム以前・以後のソウルの変化、メディアで自主規制されている「差別語」の変遷、世界遺産の政治性、就活対策本の歴史、マンガと漫画の違い、クールジャパンはクールか、などなどに取り組んだゼミ生がいます。

 そのうえで、山口が専門的に研究しているメディア・ツーリズムに関連する研究テーマを選んだ場合、山口から詳細な指導を受けることができます(あるいは山口が「わかっている」だけに、厳しい指導になるかもしれませんが)。山口ゼミで卒論を書くことになるならば、担当教員・山口から具体的で詳細な指導を得ることができるメディア・ツーリズムに関連する卒論テーマに取り組まれることをおすすめします。ただし「全員が同じような研究テーマ」になってしまうと、それこそ社会学のゼミらしくないため、テーマの強制も誘導も絶対にしません。

 

 これまで山口が指導したことがある「メディア・ツーリズム」に関する卒論テーマの例を、以下に列挙します。

・東京ディズニーランドの「魔法」 (メディア型テーマパークその1)

・USJの「文法」 (メディア型テーマパークその2)

・「B級グルメ」の誕生

・「さぬきうどん」ブームはいつ、どうやって始まったのか

・山ガールとは何か

・日本のアウトレット・モールはなぜ「南イタリア風」なのか

・情報誌(「関西ウォーカー」など)に見るデートスポットの変化

・映画観光(『世界の中心で、愛をさけぶ』と四国の変化など)

・朝ドラが描く「地方」と「戦争」のイメージ>

・パワースポットの誕生

・「北海道」はいつから「美味しい」イメージが定着したのか?

・沖縄のガイドブックにみる「戦争」イメージの変化

・戦争と観光(広島の大和ミュージアム、鹿児島の知覧特攻平和会館など)

・ハワイはいつから、どうして日本人の人気旅行地になったのか

・フランスからイタリアへ ~日本人が憧れる「海外」イメージの変化~

・イラク戦争から10年 ~バグダッドのガイドマップは作れるか~

・映画『ロード・オブ・ザ・リング』とニュージーランドの観光政策

・100年前のガイドブックでパリを旅すると見えるもの/見えないもの

 

 この他にも、メディアと密接な関係を持つ観光の事例は、数多くあります。

 そうした「メディアとツーリズム」の社会現象を分析することで、私たちの社会がどのように作られてきたのか(=「リアリティ」の構築プロセス)を考え、現代社会の特徴を明らかにすることに挑戦するのが、メディア・ツーリズムの研究です。


◆その他

 

●卒論の字数の標準は、だいたい2万字=四百字詰原稿用紙50枚=A4用紙で14枚ぐらい、を考えています。これは多くの学会が発行するジャーナル(学会誌)の標準的なサイズであり、つまり「研究者が論文を書くときの形式」の標準です。卒論としては普通の長さか、少し短いかもしれませんが、これぐらいのサイズで自分の思考をまとめて書き上げることに取り組んでもらいたいと思います。(ちなみに山口が演習を担当していた京都大学でも「卒論は50枚程度にまとめる」のが一般的であり、調べたことや見聞きしたことを羅列するのではなく、論点を明確化して読み手に伝わるように工夫することを求めていました。)

 なおフィールドワークや歴史資料を多用した論文の場合は、当然ながら長く書いてもらって結構ですし、逆に理論的考察や先行研究のレビューを主にやる論文の場合は短くても結構です。上記の長さは標準です。

●卒論の提出は12月の最初のゼミ、とします。学生最後の年末年始をゆっくり過ごしてほしいのと、1月の正式提出の直前にバタバタと「やっつけ仕事」的に書くことを防ぐ為です。締切までに必ず完成稿を書き上げるよう厳しく指導します。

●もし大学院進学を検討していたり、4年次前期のゼミで優秀な研究を発表できた場合、たとえば観光学術学会などの「学生ポスター発表」部門に挑戦することも、おすすめします。つまり「学会発表」なのですが、他大学の学生さんや観光研究の研究者の方々に自分の研究を聞いてもらい、コメントをもらうことができる良い機会です。

●使用言語は日本語が標準ですが、英語で卒論を書いても対応できます。その他の言語は山口がわからないので、このゼミでは使用不可とします。ただし英語で執筆する場合でも、日本語で執筆する場合と同様のルール(引用方法など)を使ってもらいます。

●学生時代に留学されることを応援したいため、留学期間に卒論を書き進めてメールなどで指導し、提出期限までに帰国して大学に自分で提出できるのならば、1年でも1年半でも2年?でも留学してもらって結構です(できるだけ4年間で卒業できるよう、可能なことは協力します)。ただし大学が「4年間で卒業できるように単位を認定する」かどうかは、じつにケースによって異なります。たとえば交換留学の場合は可能でも、休学して私費で留学するケースや認定留学の行き先によって、獨協では単位認定できない場合が考えられます。在学中に留学を考えている場合は、すぐに山口へ相談してください。何はともあれ、このゼミは海外留学を応援します。

ゼミ生作品 (C) K. Goto 『trans × views  journal』(2024年9月撮影)より
ゼミ生作品 (C) K. Goto 『trans × views journal』(2024年9月撮影)より